縁起の外に出るのが仏教【ポッドキャスト】 宮崎哲弥さんと輪廻、縁起、解脱、自己所有、幸福追求権、100万回生きたねこなどについて語る。
- Atsumu Ishizuka
- 7月7日
- 読了時間: 8分
更新日:7月9日

ボンサンスとは
「ボンサンス」はフランス語で「良識」を意味します。「良識とは何か」と考え続けようとする人と共に情報を共有したい。当媒体「ボンサンス」では、良識を考える材料を皆様に提供することを目指しています。
ゲスト、宮崎哲弥さんのプロフィール
1962年福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。テレビ、ラジオ、雑誌などで、政治哲学、生命倫理、仏教論、サブカルチャー分析を主軸とした評論活動を行う。内閣府経済財政諮問会議「日本21世紀ビジョン」専門調査会、生活・地域ワーキンググループ副主査も務める。
ここからは、鳩山友紀夫さん、平岡秀夫さんに参加していただき、さらに話を展開します。
鳩山友紀夫
1947年東京生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業、スタンフォード大学工学部博士課程修了。東京工業大学経営工学科助手、専修大学経営学部助教授を務める。1986年、総選挙で、旧北海道4区(現9区)から出馬、初当選。第93代内閣総理大臣。持論である「友愛」を基調に、「地域主権」「東アジア共同体」「新しい公共」を政策の柱に掲げ、また、脱官僚・政治主導を下に、国家戦略室、行政刷新会議を設置し、事業仕訳、高等学校無料化を実現。
平岡秀夫
1976年東大法卒業、大蔵省入省。内閣法制局参事官などを経て、1998 年退官、弁護士登録。 2000 年衆議院議員当選、2011 年第 88 代法務大臣(民主党政権)、2012 年衆議院法務委員長。 現在、日弁連「死刑廃止等実現本部」で杉浦正健弁護士(自民党政権の法務大臣)ととも に顧問。
縁起の外に出るのが本来の仏教
以下のテキストは、ポッドキャストの理解をサポートするためのものです。音声と一緒にお使いください。
死とは何かから、死刑制度について
(宮崎さん)
平岡さんは死刑制度について反対の立場をとっておられますよね。
(平岡さん)
私が「死刑問題についてしっかり国民的議論をしなければならない」との問題意識を持っていた理由は大きく二つです。一つは「社会の寛容性」が無くなってきたことへの危惧です。もう一つは国際的な動向です。現在、国連加盟国(193カ国)の約3分の2にあたる140カ国以上、欧州連合(EU)加盟の全27カ国は、法律上または事実上の死刑廃止国です。国際的な廃止の傾向が続いていることです。
平岡さんの死刑制度に対する考えがまとめられているテキスト
「法務大臣としての 経験から見た死刑存廃問題」
(ドキュメント掲載元 : CrimeInfo)
(鳩山さん)
戦争で人を殺しておきながら、死刑制度になると反対するという論理は筋が通っていないと思います。
(宮崎さん)
浄土真宗真宗大谷派は宗派の公式な方針として死刑制度の廃止を強く求めています。死刑の執行が行われるたびに宗務総長名で「死刑執行の停止、死刑廃止を求める声明」を出しています。また、ジハードなどの類は死刑は抑止にはならないですよね。むしろ来世があるとすることで、欲望で人間をコントロールしようとするところがあります。
仏教論争を読んだ政治家は二人。
(鳩山さん)
『100万回生きたねこ』のナゾを解く』も読ませていただきましたし、『仏教論争』も読もうとしておりますが、なかなか難しいですね。
(宮崎さん)
『仏教論争』を読んだと言ってくださった政治家のかたが二人います。林芳正さんと、谷垣禎一さんです。鳩山さんにも、ぜひ読んでいただきたいです。(次のコンテンツでは仏教論争をテーマに対話予定です。)
生まれ変わり、そして解脱とは何か
(鳩山さん)
一つ質問ですが、輪廻している間は生きている感じですが、解脱すると生きていない状態になってしまうのですか?
(宮崎さん)
生きていないというか、解脱ということです。輪廻にはリインカーネーションというポジティブな生まれ変わることによる成長を意味するタイプもありますよね。
人類学者の竹倉史人さんは、世界の生まれ変わりの思想を3つに分類している。
再生型 = 循環
輪廻型 = 流転
リインカーネーション型 = 成長
(宮崎さん)
仏教では、人が輪廻転生する6種の世界のことを六道(ろくどう)といいます。初期仏教では修羅は天や餓鬼に含まれていて五道だったと言われています。大乗仏教になってから天と餓鬼から修羅が派生して六道となりました。日本では11世紀ごろ、六道の各々に配当された六地蔵が各所に祀られました。
天道
天道は天人が住まう世界。天人は空を飛ぶことができ、享楽のうちに生涯を過ごすが、死を迎えるときは5つの変化と苦しみが現れ、これを五衰(天人五衰)と称し、体が汚れて悪臭を放ち、脇の下から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の髪飾りが萎み、楽しみが味わえなくなる。天の中の最下級のものは三界のうち欲界に属し、中級のものは色界に属し、上級のものは無色界に属する。
人間道
人間道は人間が住む世界。四苦八苦に悩まされる。『往生要集』の「厭離穢土」では「苦しみの相」・「不浄の相」・「無常の相」と、三つの相があると記されている。地表の世界。三界のうち欲界に属する。
修羅道
修羅道は阿修羅が住み、終始戦い争うために苦しみと怒りが絶えない世界。
畜生道
畜生道は鳥・獣・虫など畜生の世界。種類は約34億種で、苦しみを受けて死ぬ。地表の世界。三界のうち欲界に属する。本能のままに生き、弱肉強食の世界であり、常に強者に怯え続けなくてはならない。近親相姦、尊属殺人などの行為をも行う。
餓鬼道
餓鬼道は餓鬼の世界。腹が膨れた姿の鬼になる。『正法念処経』で餓鬼は36種類に分類されている(詳細は『餓鬼#正法念処経』を参照)。旧暦7月15日の施餓鬼は餓鬼を救うために行われる。地表の世界。三界のうち欲界に属する。
地獄道
地獄道は罪を償わせるための世界。地下の世界で、『往生要集』などでも、「上下に八層重なっている」と記述されている。三界のうち欲界に属する。
(宮崎さん)
天道に住まう者も解脱しているわけではありません。次の生では餓鬼道などに生まれ変わることもあります。天道に住む住人(天人)ですら、5つの衰えの兆候、「五衰(おすい)」が訪れます。天人五衰(てんにんごすい)とも言われます。
5つの死の前兆である五衰
衣裳垢膩(えしょうこうじ): 常に美しい天衣が汚れて油染みができる。
頭上華萎(ずじょうかい): 頭に飾っていた花がしおれる。
身体臭穢(しんたいしゅうわい): いつも良い香りがしていた体が汚れ、悪臭を放つようになる。
腋下汗出(えきげかんしゅつ): 脇の下から汗が流れ出る。
不楽本座(ふらくほんざ): 自分の座席に座っているのを嫌がり、落ち着かなくなる。
仏教ではこの六道の凄まじい輪廻から抜け出して、すべての苦から解放された悟りの境地(涅槃)に到達することを解脱と言います。お釈迦様(ブッダ)はそれを2500年前に実践した人ということになります。
ロック、リバタリアン、自己所有、そして幸福追求権
(宮崎さん)
イギリスの哲学者ジョン・ロックは、主著『人間悟性論』(『人間知性論』)の中で経験論的認識論を体系化しました。第1篇では「 原理(principles)や観念(ideas)は、いずれも生得的(innate)ではない」と宣言して、人間は自分の理性を働かせることで道徳的・政治的ルールを主体的に理解し、判断できるといった感覚の自由主義の基礎に繋がったと思います。当時の社会的背景からすると肯定的なメッセージであり、社会の成熟、複雑化に連れてそうならざるを得なかったということだと思います。
自由主義は、西洋の哲学者や経済学者の間で人気が高まり、世襲制、国教、絶対君主制、王権神授説、伝統的な保守主義を批判的に吟味して、議会制民主主義と法の支配に仕組みを置き換えていきました。人は生命、自由、財産に対する自然の権利を有し、政府は社会契約に基づいてこれらの権利を侵害してはならないと付け加えています。これらは、1688年のイングランドの名誉革命、1776年のアメリカ独立、1789年のフランス革命につながっていきました。
日本でも人権思想として自由権、財産権、幸福追求権などの基礎には自由主義が置かれるわけです。
憲法13条の幸福追求権は、「すべての国民が個人として尊重され、生命、自由、幸福追求に対する権利が公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とする」とする規定です。多様な生き方や自己決定権を保障する、あらゆる基本人権の土台となる極めて重要な条文です。
財産権(第29条):私有財産制度の保障
第1項:財産権は、これを侵してはならない
第2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める
第3項:私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる
奴隷的拘束及び苦役の禁止(第18条):意に反する苦役を強いられない。
思想・良心の自由(第19条):心の中で何を思い、何を信じるかについての絶対的な自由。
信教の自由(第20条):信仰する宗教や宗教的行為の自由。
表現の自由(第21条):言論、出版、集会、結社など、意見を外部に発表する自由。
学問の自由(第23条):学問研究の自由と、その結果を発表・教授する自由。
幸福追求権なんて明らかに自己所有の権利ですよね。幸福っていう概念自体が割とロック的なところ、リバタリアン的なところからきている。
(石塚)
現代のネット社会における「ユーザーの認知やアテンション(関心)がデータとして採掘・用立てされる現象」は、「自己所有」に「用立て(ゲシュテル)」(ハイデガー)されていると言えます。自己所有のために生成してあたかも自らが創造したかのように思う。しかしそれが一時は必要なのかもしれません。しかしながら、幸福って言葉はけっこうだなと思います。幸福って言うと脳の前の方がぎゅーっとなって、本当は忘れてはいけないものを忘れてしまうような気がします。なぜか前進したような気になって、気持ちよくなって、背景だけを変えられた同じ道を早歩きしている。
(宮崎)
仏教とは倫理の思想、縁起の思想と言われることもありますが、この世界を現前と捉えさせているもの、統制しているのが縁起であって、仏教の本来の目的は縁起の外に出ることです。そこが仏教が長年誤解されているところです。



